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2009 年 7 月 のアーカイブ

「鱗の輝き」-料理長の昭和日記 【昭和37年3月5日】

2009 年 7 月 30 日 admin コメントはありません

今日は驚いた!高校時代に同じクラスだった門前さんに会った。女は変わるものだ。「主人です」新婚旅行で勝浦に来たとのこと。余りの偶然と思いかけない出会いに、気の利いた言葉なんか出なかった。
来月から16才の新人が入るらしい。俺にも下に2人も部下がいることになるんだ。しっかりしないと。

昨日はおやっさんの新聞を買いに駅まで行ったとき、「玉置さん!玉置さんと違います?」と声をかけられた。振り返って声の主を見ても、すぐには同級生とは分からなかった。確かに知っている人なのに。
「高校のとき一緒だった門前です。お元気ですか。」そう云いながら私の姿をなめるように見ている。

薄汚れた白衣を着て、まだ自分の仕事に誇りをもてない自分が情けなかった。男の私はまだ人生を歩き出したかどうかはっきりしないのに、女の人生の流れは早いらしい。
クラスでもごく普通の存在だった彼女が結婚したといわれて、それに比べて自分が何であるかさえ説明も出来ない私には惨めな思いだけが残った。

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「鱗の輝き」-料理長の昭和日記 【昭和37年1月5日】

2009 年 7 月 23 日 admin コメントはありません

年末年始の大変な10日間が終わりやっと落ち着いた。今日は頼りないぐらいの一日だったが、おやっさんが風邪をひかれたので、「改源(風邪薬)」を届けたり、おかゆを作ったり、そのほかの用事をしてきた。大阪に奥さんがおられるが、上の人の話では小料理屋の女将さんの彼女がいて時々アパートに来ているから、その人がいれば何もせずに帰ってきたほうがいいということだった。おやっさんはとても辛そうだったので明日も様子を見に行くつもりだ。

旅館には色々忙しい時期や日があるが、料理人にとって正月は他のシーズンとは全く違った大変なときといって言い。
年末の27日位からボチボチ始まる正月料理の仕込みで大晦日はほとんど睡眠がとれない。休憩時間もほとんどなく勿論食事も立ったままで済ましてしまう毎日である。
おせち料理は一年に一度しかやらない仕事も多く、経験のない私には見たこともない材料や言葉の連続である。上の人も普段とは別人のような雰囲気なのでその空気に戸惑い、いつもなら出来ていることを失敗してしまう有様である。

12月31日から1月5日位までに宿泊されるお客さんは連泊の方がほとんどなので、毎日おせち料理が変わり、また価格のランクが何通りもあって、夕方はほとんど戦闘状態である。戦場で精密機械を組み立てるようなアンバランスな大変さを強いられ、疲労と睡眠不足の中で集中力と思考力を保っているのが不思議である。
早く作っても遅れても通用しない仕事を、劣悪な条件のもとでこなしているプロのすごさに本当に圧倒された。その隅っこでこの10日あまりの日を過ごせた達成感は、私にとっても生まれて初めて味わうもので、「俺も捨てたもんじゃない・・・」とひそかに思った。
正月が終わったら、もとの静かな人たちに戻っている、この人たちのプロ根性を肌で感じ、またそれが分かる私も少しは成長できたのかもしれない。

「おい!おやっさんが褒めてはったぞ」
最初はどんくさい奴、生意気な奴、何も知らん奴。皆の印象は最悪で、一ヶ月も持たんで辞めるだろうと思っていたらしい。おやっさんも同じだったらしいが正月が終わったら頃から少し見る目が変わってこられたらしい。
人間は少しでも認められると嬉しいものだが、仕事の注意などの何気ない言葉から上の人たちが私を仲間として認めてくれていることが感じられる。この道に入って初めて味わう経験で、これからも続けていけるのではという自信が少し湧いてきた。

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「鱗の輝き」-料理長の昭和日記 【昭和36年12月10日】

2009 年 7 月 16 日 admin コメントはありません

12月に入ったら急に閑になり、調理場のあちこちを大掃除をしたり整頓をする毎日だ。
休みをくれるのは急なので予定が立てにくい。あらかじめ予約状況を調べて何日か前に言ってもらえると一日の休みをもっと楽しく過ごせるのに・・・
それにしても上の人は俺たちより休まない。おやっさんが休まないので遠慮しているのだろうか。せめて二日くれると大阪にいけるのになあ。
皆どうしてるかな。今月はこちらと反対で多分忙しいことだろう。

散髪の上手な処がない。ただ短くカットすればよいというものではない。床屋も板前もセンスが悪いと本当に困る。

勝浦温泉は、和歌山県で白浜温泉の次に大きな温泉地で、県南部に位置し、人口約2万5千人の遠洋漁業と温泉リゾートの町である。
マグロ船の船乗りが地元の人よりはるかに多く、何処からか集まってきて酒場ではよく喧嘩があるらしい。聞くところによると、大阪の部屋から300人以上の板前が勝浦に来ているらしく、時々街では我々の仲間の者も喧嘩をするらしい。私は酒も強くないし酒場に余り出入りしないが、巻き込まれないように注意しようと思っている。

ところでこの街には似合わないといったら叱られるかもしれないが、都会的な感じの店を見つけた。名前は「パリ」。二階のS字型のカウンターの中では7・8名のバーテンダーが全員真白のカッターシャツに黒の蝶ネクタイにベストを着ている。女性バーテンダーも3名ばかり同じようなユニフォームで働いている。
階下は喫茶で客室はボックス席のみ。ゆったりとしたスペースでいつもジャズのレコードがかかっていてコーヒーの味もまずまずである。2階の洋酒の店に自分の金で行くことはないが、喫茶のほうには仕込みが終わったら最近はほぼ毎日出かけている。コーヒーを味わいながら新聞を読んで一刻を過ごすようになった。しゃれた店で気に入っている。

大阪時代は先輩に連れられて喫茶店に入ったり、うどんを食ったりしたが、今は休みに自分の金で過ごせるのがとても嬉しい。
あの頃は、休みをもらっても金がなく夕方薄暗くなる頃に腹が減っても店に帰らずウロウロしていた。住み込みで働いた者には経験があると思う。自分が休みの日には上の人たちが私の分まで仕事をしてくれているわけである。普段私は自分の仕事をやるだけでくたくたになっている、そのしわ寄せが上の人にいっているのに、飯だけ食いにのこのこ顔は出せないものである。そのせいか休みの夕暮れは今でも好きじゃない。

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「鱗の輝き」-料理長の昭和日記 【昭和36年10月31日】

2009 年 7 月 9 日 admin コメントはありません

月末はやはり少し閑な気がする。といっても満館に至らず少し空室がある程度のこんな日の方が予約のないフリーの客が急に入ったりするのでかえって面倒だ。
二回目の月給をもらったが、¥6,000入ってた!やはり間違いではないのだろう。おやっさんも月給袋を渡してくれる時、「ご苦労さん」と云ってニッコリしてくれたのでとても嬉しい。
靴とシャツが欲しいが、とりあえずスポーツシャツを買おうと思っている。この前から休憩時間に商店街を歩いてシャツを見ているが、手が届いてセンスの良いものがなくて困る。(予算1,200円から1,300円ぐらい)
最近従業員の人も話しかけてくれるようになってきた。女中さんの中には時々タバコをくれたりする人もいて嬉しい。

私の働いている店は勝浦温泉で3本の指に入る老舗らしいが、「二流の上」といったところかもしれない。おやっさんは若いとき東京の築地の有名な料亭の花板さん(真)をされた事があるそうで、そのせいか歳をとられているのにとてもオシャレで粋な職人だった。
ただ入れ歯のせいか喋っていることがよく分からなくて、皆ほとんど勘で返事をしている。聞き返すと機嫌を悪くされるので忙しくて周囲がやかましい時は本当に大変である。

字をほとんど書かない方なので、献立の打ち合わせは煮方さんと口頭でされる。これが何よりも大変な作業で、おやっさんが明日の打ち合わせをされる時は、皆作業の手を止め一切の音を消して神経を集中させるのである。煮方さんは、勘が良いからと向板さんより私を自分の横に立たせて打ち合わせをされる。
専門用語は勘だけよかっても駄目なもので一日で一番緊張するときである。煮方さんはそのせいもあって親切にしてくださるのがありがたい。メモをとっても機嫌が悪いので、すべて頭に叩き込むのだから煮方さんは気の毒である。

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「鱗の輝き」-料理長の昭和日記 【昭和36年10月20日】

2009 年 7 月 2 日 admin コメントはありません

今月、来月は行楽シーズンで連日忙しい。普段は団体で土日は家族連れやアベックで満員の日がずっと続いている。和歌山と三重の全線開通が2年間にされ紀勢線がブームになっているらしい。しかしこんな遠くまでよくも毎日々々客が来るものだ。おそらく12月に入るまで休みはくれないだろう。
「喫茶パリ」でコーヒーを飲んで過ごすぐらいで本当に真面目な毎日だ。まだまだ仕事についていくだけで精一杯だから。
トキさんに小包の礼状を書く。給料が上がったので下着やタバコは自分で買えるし、金がかかるので送ってくれなくてもいいのに・・・。「涙が出るほど嬉しいが貯金して欲しい」と書く。

大阪時代の最初の正月のことは忘れられない思い出だ。家を出て初めての正月休みに金もなく行くところがないので、誰もいないはずの店のほうに行った。炊事場に電気がついている。
「トキさんだ」
「兄ちゃん、お腹空いたやろ?ちょっと待ちや」
ニコッと笑って「お見通しやで!」
皆が田舎に帰ってしまって、たった一人で寮にいても、腹を空かして必ず店に来るだろうと、彼女には分かっていたらしい。
田舎は九州だと聞いていたが、あえて彼女には何も聞かなかった。「兄ちゃん、あんたはなあ、他の子と何処ぞが違うんや。ええ職人さんになりや。きっとなれる子や」

ここ数年の間、両親にも他人からも褒められたり期待されたこともなかったので、トキさんの言葉がとても新鮮だった。うそのない目で真剣に言ってくれるので、「信じてみよう」と思った。あの頃の自分にはそれしか支えになるものがなかった。お世辞の似合わない人が云ってくれた一言が人生を変えてくれるかもしれないと。

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