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2009 年 6 月 のアーカイブ

「鱗の輝き」-料理長の昭和日記 【昭和36年10月2日】

2009 年 6 月 25 日 admin コメントはありません

半日休みをくれた。ここに来て初めての休みだ。
仕込が終わって、めしの時煮方さんから云われた。おやっさんに休みをもらった挨拶をして外に出た。

大きな声で叫びたいほど嬉しくて仕方なかった。
散髪 280円  高下駄 500円
映画を観て、めしやを出たらもう辺りは暗かったが、金がある休みなんて初めてのことで、そのことが何より嬉しい。

この店は、おやっさん、煮方さん、向板さん、私、それに見習いの子と5人の料理人しか居ないので、私の手に負えない位の内容と量を毎日こなさねばならない。一日中手を使っているので、指先や手のひらが腫れてしまうのだが、大阪時代のように口汚く罵られたり水をかけられたりすることもなく、身体は大変でも気持ちはとても前向きになれることが嬉しい。

大阪の2年間は左利きを直すことと、生まれ変わったつもりになって性格を直し、真面目になることで必死だった。もともと、字を書いたり絵を描いたりするのは右だったので、全くの左利きの人よりは多少直るのは早かったような気がするが、力のいる事は右では出来ないので困る。
包丁はともかく、性格は急には直らないもので、上の人から怒鳴られるたびに、目つきが変わる自分に気づいていた。
とはいっても、他の者のように殴られたりすることはなかったのは、手に負えなかった少年時代の名残のせいだったのだろうか?

「我が子と決別する」厳しい目で見送ってくれた母の表情を何かの拍子に思い出す。短気をなおして早く母を安心させなくては・・・

この世界で修業した者なら、私の2年間の苦労などは別にめずらしいことでもなんでもないことで、むしろ私などは仲間に「お前は得な奴やなあ」と云われるぐらいで、まだましな方だったのかもしれない。

ある人の本に「人間は本当に辛い経験は。口にしないものだ」と書いてあった。私の父はシベリアでの4年間を子供たちにはほとんど語ることはなかったが、そういうものかと思ったら、料理人の見習いなんて屁みたいなものと思わねばなるまい。
食べさせてもらって、住まわせてもらって、その上仕事を教えてもらい、わずかながら小遣い銭までくれるんだから。

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「鱗の輝き」-料理長の昭和日記 【昭和36年9月30日】

2009 年 6 月 18 日 admin コメントはありません

月給日 ¥6,000だァ。
天引き貯金を引かれて、1,700円だった給料が6,000円!
間違って、誰かの月給袋を渡されたのかと思った。
部屋のほうでどんな話になっているか知らないけれど、とにかく給料に相応しい男に一日も早くならないとダメだ。
この店のおやっさんも、何も云わずに月給袋を渡してくれたので良いことにしておこう。実力じゃなく、年令でくれたのだろうか?

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「鱗の輝き」-料理長の昭和日記 【昭和36年9月25日】

2009 年 6 月 11 日 admin コメントはありません

勝浦に来てもう一ヶ月近くの日が過ぎた。
「大阪市内に比べて温泉場は余り勉強にならない」と先輩に聞かされているが、基本的なことは何処で習っても変わらないし、一生懸命頑張るだけだ。
この道に入るのが遅かって年齢も食っているし、またひねているせいか、大阪の店のように、あまり小僧扱いされないのが本当にうれしい。「解らないことばかりで、何も知らない奴だ」と思われているはずだが、辛抱々々!!

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「鱗の輝き」-料理長の昭和日記 【昭和36年8月31日】

2009 年 6 月 4 日 admin コメントはありません

明日から「修業の旅」である。8月20日に部屋で南紀州の勝浦温泉に行く様に云われた。
用意するほどのものもないので何もしないうちに今日になってしまった。
最後の銭湯に入っていたらフッと神戸の家を出たときの事を思い出したが、そこそこになるまでは帰らないと決めている。皆どうしてるかな?

翌朝、仲の良かった仲間二人と洗い場のトキさんが見送りにきてくれた。国鉄天王寺駅は思ったより大きな駅で大勢の人で大変な混雑ぶりに驚かされた。奈良・和歌山・三重からの大阪の玄関口にあたるらしい。
トキさんが駅弁を買って来てくれた。餞別も一緒にそっと渡してくれ、「少ないけど、タバコでも買い。」
私が働き始めた時から、何かと親切にしてくれた人で息子の旅立ちの様に本当に心配そうにしている。「トキさんありがとう!」「小母さんのことは忘れません。」後の言葉は心の中でつぶやいた。
いつかトキさんが云ってくれた「あんたはえゝ職人にきっとなれる。」この一言が2年間の心の支えだった。

発車時間もせまり、仲間の二人もやっと別れの実感がわいたようで、真面目な顔でガッチリと握手をしてくれた。
「ケツ割るなよ」「辛抱できずにやめたりするな」一つ年下だが先輩にあたる岡田さんに冷やかされながら、列車は静かに動きだした。皆の顔が判別できなくなり、自分の席に座った途端、一人ぼっちの自分に気づきちょっぴり心細かった。

2人の仲間とはその後会うこともあるだろうが、十年後の今日(昭和46年9月1日)新世界の通天閣で会うことは約束している。

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