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「鱗の輝き」-料理長の昭和日記 【昭和36年8月7日】

私の日記は、昭和36年8月7日から始まっている・・・料理の道に入って2年近くが経とうとしている時である。

今日も余り忙しくなく夏場の盆近くならこんなものだろう。仕込が終わろうとしている昼過ぎ、おやっさんに呼ばれ、「明日の10時に部屋(組合事務所)に顔を出す様に・・・」と云われた。
先輩の話だと、その時渡された封書は紹介状だとか。
「やっと鍋洗いの毎日から解放される日がやって来た!!」

次の日の朝8時半までゆっくり眠らせてもらい、晴々とした気分で南の新歌舞伎座の裏にある部屋に出かけて行きました。
大きな声ではっきりと挨拶したにもかかわらず、机に向かっている人も入口のすぐに腰掛けている人々も視線を向けただけである。
「オイッ!お前 名前何ちゅうんや?」一番奥の席に居る年配の人のところに連れて行かれた。
紹介状と私の顔を見乍ら、
「ええ面構えしてんな。しかし人間は真面目が一番やで。」
「今日は8月8日で末広がりの験のええ日や。」
「しっかりきばって ええ職人にならなあかん。」
独り言のように喋りながら全然私の方を見ていないので、私は心の中で「変わったオッサンやナ・・・」とつぶやいていた。

あとで知ったことだが、この年輩の人が全国に名の知られた調理師斡旋業「京定」の五十嵐さんというだとのこと・・・
私のような板前になりたい奴はゴロゴロいて、すぐ替わりの者が部屋から送られてくるので、一人前の職人になるまで、余り当たり前の人間らしく扱われることは少ない世界である。

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