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「鱗の輝き」-料理長の昭和日記 【昭和37年1月5日】

年末年始の大変な10日間が終わりやっと落ち着いた。今日は頼りないぐらいの一日だったが、おやっさんが風邪をひかれたので、「改源(風邪薬)」を届けたり、おかゆを作ったり、そのほかの用事をしてきた。大阪に奥さんがおられるが、上の人の話では小料理屋の女将さんの彼女がいて時々アパートに来ているから、その人がいれば何もせずに帰ってきたほうがいいということだった。おやっさんはとても辛そうだったので明日も様子を見に行くつもりだ。

旅館には色々忙しい時期や日があるが、料理人にとって正月は他のシーズンとは全く違った大変なときといって言い。
年末の27日位からボチボチ始まる正月料理の仕込みで大晦日はほとんど睡眠がとれない。休憩時間もほとんどなく勿論食事も立ったままで済ましてしまう毎日である。
おせち料理は一年に一度しかやらない仕事も多く、経験のない私には見たこともない材料や言葉の連続である。上の人も普段とは別人のような雰囲気なのでその空気に戸惑い、いつもなら出来ていることを失敗してしまう有様である。

12月31日から1月5日位までに宿泊されるお客さんは連泊の方がほとんどなので、毎日おせち料理が変わり、また価格のランクが何通りもあって、夕方はほとんど戦闘状態である。戦場で精密機械を組み立てるようなアンバランスな大変さを強いられ、疲労と睡眠不足の中で集中力と思考力を保っているのが不思議である。
早く作っても遅れても通用しない仕事を、劣悪な条件のもとでこなしているプロのすごさに本当に圧倒された。その隅っこでこの10日あまりの日を過ごせた達成感は、私にとっても生まれて初めて味わうもので、「俺も捨てたもんじゃない・・・」とひそかに思った。
正月が終わったら、もとの静かな人たちに戻っている、この人たちのプロ根性を肌で感じ、またそれが分かる私も少しは成長できたのかもしれない。

「おい!おやっさんが褒めてはったぞ」
最初はどんくさい奴、生意気な奴、何も知らん奴。皆の印象は最悪で、一ヶ月も持たんで辞めるだろうと思っていたらしい。おやっさんも同じだったらしいが正月が終わったら頃から少し見る目が変わってこられたらしい。
人間は少しでも認められると嬉しいものだが、仕事の注意などの何気ない言葉から上の人たちが私を仲間として認めてくれていることが感じられる。この道に入って初めて味わう経験で、これからも続けていけるのではという自信が少し湧いてきた。

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