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「鱗の輝き」-料理長の昭和日記 【昭和36年12月10日】

12月に入ったら急に閑になり、調理場のあちこちを大掃除をしたり整頓をする毎日だ。
休みをくれるのは急なので予定が立てにくい。あらかじめ予約状況を調べて何日か前に言ってもらえると一日の休みをもっと楽しく過ごせるのに・・・
それにしても上の人は俺たちより休まない。おやっさんが休まないので遠慮しているのだろうか。せめて二日くれると大阪にいけるのになあ。
皆どうしてるかな。今月はこちらと反対で多分忙しいことだろう。

散髪の上手な処がない。ただ短くカットすればよいというものではない。床屋も板前もセンスが悪いと本当に困る。

勝浦温泉は、和歌山県で白浜温泉の次に大きな温泉地で、県南部に位置し、人口約2万5千人の遠洋漁業と温泉リゾートの町である。
マグロ船の船乗りが地元の人よりはるかに多く、何処からか集まってきて酒場ではよく喧嘩があるらしい。聞くところによると、大阪の部屋から300人以上の板前が勝浦に来ているらしく、時々街では我々の仲間の者も喧嘩をするらしい。私は酒も強くないし酒場に余り出入りしないが、巻き込まれないように注意しようと思っている。

ところでこの街には似合わないといったら叱られるかもしれないが、都会的な感じの店を見つけた。名前は「パリ」。二階のS字型のカウンターの中では7・8名のバーテンダーが全員真白のカッターシャツに黒の蝶ネクタイにベストを着ている。女性バーテンダーも3名ばかり同じようなユニフォームで働いている。
階下は喫茶で客室はボックス席のみ。ゆったりとしたスペースでいつもジャズのレコードがかかっていてコーヒーの味もまずまずである。2階の洋酒の店に自分の金で行くことはないが、喫茶のほうには仕込みが終わったら最近はほぼ毎日出かけている。コーヒーを味わいながら新聞を読んで一刻を過ごすようになった。しゃれた店で気に入っている。

大阪時代は先輩に連れられて喫茶店に入ったり、うどんを食ったりしたが、今は休みに自分の金で過ごせるのがとても嬉しい。
あの頃は、休みをもらっても金がなく夕方薄暗くなる頃に腹が減っても店に帰らずウロウロしていた。住み込みで働いた者には経験があると思う。自分が休みの日には上の人たちが私の分まで仕事をしてくれているわけである。普段私は自分の仕事をやるだけでくたくたになっている、そのしわ寄せが上の人にいっているのに、飯だけ食いにのこのこ顔は出せないものである。そのせいか休みの夕暮れは今でも好きじゃない。

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