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「鱗の輝き」-料理長の昭和日記 【昭和36年10月31日】

月末はやはり少し閑な気がする。といっても満館に至らず少し空室がある程度のこんな日の方が予約のないフリーの客が急に入ったりするのでかえって面倒だ。
二回目の月給をもらったが、¥6,000入ってた!やはり間違いではないのだろう。おやっさんも月給袋を渡してくれる時、「ご苦労さん」と云ってニッコリしてくれたのでとても嬉しい。
靴とシャツが欲しいが、とりあえずスポーツシャツを買おうと思っている。この前から休憩時間に商店街を歩いてシャツを見ているが、手が届いてセンスの良いものがなくて困る。(予算1,200円から1,300円ぐらい)
最近従業員の人も話しかけてくれるようになってきた。女中さんの中には時々タバコをくれたりする人もいて嬉しい。

私の働いている店は勝浦温泉で3本の指に入る老舗らしいが、「二流の上」といったところかもしれない。おやっさんは若いとき東京の築地の有名な料亭の花板さん(真)をされた事があるそうで、そのせいか歳をとられているのにとてもオシャレで粋な職人だった。
ただ入れ歯のせいか喋っていることがよく分からなくて、皆ほとんど勘で返事をしている。聞き返すと機嫌を悪くされるので忙しくて周囲がやかましい時は本当に大変である。

字をほとんど書かない方なので、献立の打ち合わせは煮方さんと口頭でされる。これが何よりも大変な作業で、おやっさんが明日の打ち合わせをされる時は、皆作業の手を止め一切の音を消して神経を集中させるのである。煮方さんは、勘が良いからと向板さんより私を自分の横に立たせて打ち合わせをされる。
専門用語は勘だけよかっても駄目なもので一日で一番緊張するときである。煮方さんはそのせいもあって親切にしてくださるのがありがたい。メモをとっても機嫌が悪いので、すべて頭に叩き込むのだから煮方さんは気の毒である。

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