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「鱗の輝き」-料理長の昭和日記 【昭和36年8月31日】

明日から「修業の旅」である。8月20日に部屋で南紀州の勝浦温泉に行く様に云われた。
用意するほどのものもないので何もしないうちに今日になってしまった。
最後の銭湯に入っていたらフッと神戸の家を出たときの事を思い出したが、そこそこになるまでは帰らないと決めている。皆どうしてるかな?

翌朝、仲の良かった仲間二人と洗い場のトキさんが見送りにきてくれた。国鉄天王寺駅は思ったより大きな駅で大勢の人で大変な混雑ぶりに驚かされた。奈良・和歌山・三重からの大阪の玄関口にあたるらしい。
トキさんが駅弁を買って来てくれた。餞別も一緒にそっと渡してくれ、「少ないけど、タバコでも買い。」
私が働き始めた時から、何かと親切にしてくれた人で息子の旅立ちの様に本当に心配そうにしている。「トキさんありがとう!」「小母さんのことは忘れません。」後の言葉は心の中でつぶやいた。
いつかトキさんが云ってくれた「あんたはえゝ職人にきっとなれる。」この一言が2年間の心の支えだった。

発車時間もせまり、仲間の二人もやっと別れの実感がわいたようで、真面目な顔でガッチリと握手をしてくれた。
「ケツ割るなよ」「辛抱できずにやめたりするな」一つ年下だが先輩にあたる岡田さんに冷やかされながら、列車は静かに動きだした。皆の顔が判別できなくなり、自分の席に座った途端、一人ぼっちの自分に気づきちょっぴり心細かった。

2人の仲間とはその後会うこともあるだろうが、十年後の今日(昭和46年9月1日)新世界の通天閣で会うことは約束している。

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